Thursday, September 07, 2000

単価値的思考

飛行機の窓から外を眺めていると、とんでもない山奥やだだっぴろい平野に忽然と街や集落
を見かけることがあるじゃない。そういうとき、僕はいつも、「どうやって生活してるんだ
ろ」とか「仕事とか学校ってどういてるのかな」なんてことを思ってしまう。
特に海外の砂漠のような景色の中にある街のことなんて、まったく生活が想像できない。

日本であれば、生活様式にそうそう大差はないはずで、同じようなものを食べて、同じ
テレビを見ている。それなのに、「よくこんな環境で」なんて思ってしまう。
結局、僕は自分が生まれ育った環境や習慣でしか物事を考えられなのではないだろうか。
それはそれでとても貧しい思考であり、ある種の差別意識が根底にあるのかもしれない。日本
では東京や大阪といった大都市があらゆるムーブメントの中心で、周辺地域はプチ東京だった
り、プチ大阪になりがちだ。
もっとも、東京はプチニューヨークかもしれないし、シドニーはプチロンドンかもしれない。
中心と周辺があるのは当たり前で、そこの差が地域性に現れるんだろうけど、中心の発想しか
もてない自分はちょっと貧しいし、傲慢ですらある。

三宅島からの緊急避難民の写真が新聞に掲載されたとき、避難民の人が東急ハンズの紙袋を
持っている姿が写されていた。
僕は「なんで三宅島で東急ハンズ?」と思ってしまったわけだ。三宅島にハンズがなくっても、
東京にでかけた時によったのかもしれないし、本州に住む親戚や知人からの宅急便に入ってい
たのかもしれない。三宅島にハンズの紙袋が上陸するルートなんてたくさんあるのに、その
写真をとても奇妙なものに感じてしまった。

ジプシーがロレックスをはめ、アボリジニがUCLAのロゴが入ったTシャツを着る時代、なのに
紋切り型の記号論的な解釈しかできない自分は、やばい。

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