Monday, July 17, 2006

卵料理

冷蔵庫に卵がたくさん入っている。生協の宅配パルシステムを使っているのだが、毎週届く卵に首をかしげていた。どうやら間違えて「毎週配達」の扱いとして6個入り卵パックを注文していたようだ。

冷蔵庫にズラッと並んだ卵を見ていたら、中学の家庭科の調理実習で卵焼きを作ったとき、クラスで一番上手に焼き上げたことを思い出した。
作るとするか。オムレツだ。せめてチーズでもあれば良いのだが、具になりそうなものは何もないので文字通りのプレーンオムレツにしよう。

卵を二つお椀に割る。箸で切るようにカッカッカッ、チャッチャッチャと混ぜる時の音が好きだ。空気を混ぜ込むイメージで混ぜるとフンワリした焼き上がりになる。砂糖を多めに入れると焼き目に艶が出るのだが、厚焼きにするとき以外は味を調える程度で十分だ。

暑く熱したフライパンにバターを垂らし、一面に卵をジュッ。片面にだけ火が通ったところでトントンと片方の端をめくりあげ、
火から少し離してフライパンを持つ手首をトントントン。
これで「表面に火が通り中はトロリ」の出来上がり。

普段から料理をしている人には何の変哲もなく珍しくもないだろうし、ましてや日記に書くことでもないだろう。けど、たまに作ると妙に楽しいのだよ。ほんじょ風に言うと、へもい感じがね。

Saturday, July 08, 2006

明治魂

大学の学部は明治大学の理工学部だった。その後大学院に2つ通ったけれど、校歌を歌える母校は明治だけだ。

明治で在籍していた研究室のOB会に行ってきた。毎年七夕前後におこなうので、「七夕会」とベタな名前だ。
久しぶりに行った明治大学理工学部の生田校舎は新しいビルが建ち並んでいた。しっかり勉強しろよ、後輩ども。明治は大学生協が破綻してしまったので、コンビニが学内に並んでいた。大学と言えば、掲示板に休講や試験日程、レポート課題が貼られたものだ。しかし今は無線LAN経由でPCやPDAで参照とのこと。隔世の感。

冒頭、教授の挨拶で、「退官を数年後に控え、まだまだ衰えていないが今後のことを考え始めている」と。僕が卒業してから13年か。僕よりもかなり年長の先輩も参加し、それなりに盛大な会だった。近況を恩師や先輩、現役のゼミ生と交わし、いつもながら「君みたいなキャリアの人間は学生にも卒業生にもいないよ」とのコメントをもらう。そうでしょうとも。自分でもそう思う。

昨年に新しくできた食堂内のホールが会場だったが、その後研究室に移動。品質管理のゼミではあったが、多種多様なシミュレーションに接する機会があった。制御工学を学んだロボットアームが健在。PC-9801VMというポンコツPCも健在。絶対座標と相対座標に悩まされたものだ。さらにTandyのTRS-80まで。ある意味で、お宝。

研究室を片付け、教授に「また来年」と挨拶したところ、「星君、この先、この研究室を率いてみないかい」。
一瞬の間をおいてしまったが「博士が必要ですね。まずは論文を提出します」と返答。久しぶりに書いてみるとするか。

Sunday, June 04, 2006

コーチングとかナレッジマネジメントとか

ネットでのあるコミュニティに参加している。

「Macを教える・教わる」というコミュニティだ。


このコミュは非常に不思議なコミュで、Macについての質問が投げかけられると、とことん答えていくことが当たり前になっている。また、ここで知識を得た人は、次から教える側になろうという意識が自然と芽生える。たしかにネットにお約束の「荒らし」が全くないわけでもないが、実に健全な運営が管理人と参加者の尽力で実現されている。

これはなぜだろう。清と濁があれば、濁になりやすいネットの世界で清の部分が強く表れるのはなんでだろう。

このコミュで投げかけられる質問の中には、いわゆる「教えて君」なものから、質問者の使用環境固有のものまで全てが含まれる。そんな幅広い質問に答える人はさぞ広い知識を持っているんだろうと思われるだろうが、それはチト違う。
答えの大半は、「○○を調べてみましたか?」、「コンピューターの仕組みは...」、「ケーブルが断線しているのか、コネクタがおかしいのか、アプリがおかしいのか、OSが不調なのか」のように、
・相手に受け身ではなく自発的に調べることを促す
・現象だけでなく本質を理解させようとする
・ものごとを構造化して原因を切り分ける
さらに、
・こちらに過去の関連トピックがありました
・類似の質問がここにあります。ヒントになるかもしれません
と、過去の先人の例と経験に学ぶことを示唆する。
まさに最近流行のコーチングと、ともすると禅問答に陥りがちがナレッジマネジメントが実践されている場のように見える。

なにもこの分野の専門家が揃っているコミュではない。あくまで、「自分が困ったときなら、こう言ってもらえたらわかったのに」、「僕もこうやって人に教えてもらって詳しくなったんだ」という経験を忘れずにいる人が揃っているだけのことだ。で、このコミュで質問した人は、自ずと次から教え上手になっていく。なぜか。教え「方」ではなく、アドバイスすべき「こと」が何なのかを経験から学ぶからなんだろう。

Monday, May 29, 2006

続編ビジネス

このブログの過去エントリー(April 15, 2004、January 8, 2004 、September 8, 2000)でリバイバルについて書いたことがある。 過去のコンテンツの使い回しや過去の流行の復活は、創造性の欠如につながるというのが僕の意見だ。

しかしながら、ほとんどマンネリと思えるような続編ビジネスもそれなりに流行っている。映画にその例が顕著だ。ヒットした映画はたいてい「...2」といった続編が作られる。
今年から来年にかけては、ランボー、ロッキー、ダイハードのような10年以上前にシリーズが完結したと思われていた作品の続編がこぞって公開される。

続編ビジネスは、その間隔が短いと全作の勢いを継続させられる。作品同士を予告版のように扱えるメリットがある。古いところではバック・トゥ・ザ・フューチャー、最近ではマトリックスがの例だろう。
間隔が長い場合は、往年のファンには郷愁を、新たな映画ファンには新鮮さを与えることができ、複数の顧客層をターゲット化できる。

この2つのやり方、どちらが商売的に美味しいのか、どういう内容の時はどちらの方法が良いのか、何かしらのパターンがあるかもしれない。
それぞれの映画の収益性を調べてみると何かがわかりそうだ。

映画の他に、このやり方を当てはめられる業界はどこだろう。

Wednesday, May 17, 2006

SOYJOYのCM

みのもんたが大豆の良さをアピールし、「ビズブレイク」といったコピーで商品を位置づけようとするあのCM。
商品はそれなりに良さそうですが.....

「みのもんたって時点でダメ。」

そう思ってる人、多いですよね?
消費者の目で見るとそうかもしれない。では制作側はどういう視点で、どういう意図で 、誰をターゲットとしてこのCMを作ったのか。

この商品、僕の年代、30代の男性にも女性にも人気がある。店頭で買い求めている姿を見かけるし、実際に食べている姿を見かけることもしばしばだ。しかし、彼等はみのもんただから買ったというより、健康によさそう、腹持ちが良い、片手で食べやすいといった製品の機能や特徴が購入の動機と思われる。
むむぅ、なぜ「みの」なのか....

「みの」といえば、40代50代の主婦層に圧倒的に支持されていると言われている。この層の人たちはSOYJOYのような簡易機能系食品を食べるだろうか。おそらくは台所に立ち自分で食事を作るだろうし、出来合いの食品には割高感を感じて敬遠するのではなかろうか。SOYJOYのターゲット顧客となり得ない気がする。まぁ、中には「みのさんの...」と興味本位で商品を手に取る人もいるかもしれない。

ん?ひょっとするとこんな仮説が成り立つのか?

CMキャラクターが誰であれ、この商品を購入する顧客層が存在する。CMキャラクターの起用で需要を喚起できそうな顧客層も存在する。そうであれば、潜在顧客を刺激するキャラクターの起用が得策だと。

製品自体に特徴があり明確な差別化が図られていて、一度でもトライアル(試食)させれば高い確率で継続購買につながるという自信がある場合には、一見嫌悪感を感じる売り方も成功することがあるということか。

黙っていても買ってくれる顧客層、背中を押せば買ってくれる顧客層、一度試せばクセになる商品特性、この3つが存在する場面に応用が効く訴求方法かもしれない。

Sunday, May 07, 2006

エビちゃん

エビちゃんのファンの方には申し訳ないが、別に可愛くないと思います。なんで人気あるんだろ。わかりません。
ここで終わってしまうと、現象を述べているだけなので、もう少し踏み込んでみよう。僕がエビちゃんに嫌悪感を感じるのはなぜだろう。

見た目やしゃべり方、演技での好き嫌いは百人いれば百通り、千差万別なので主観に頼る部分はおいておこう。ではなにか。「エビちゃんファッションっていいよね」、「エビちゃんが着てた服って...」こういう表現が気になる。
つまり、僕はエビちゃん本人が好きか嫌いかなのではなく、メディアが「こういう人が可愛いんです、今は」と作り出した偶像を無批判に受け入れて、エビちゃんのマネをすることがおしゃれでファッションだと認識している消費者に対して虫酸が走る。

情報が伝達するスピードが上がり、トレンドを消費者が入手しやすくなったとか、消費者が賢くなってきたと言われるが、果たして本当だろうか。
メディアへの露出が高い物に消費や関心が集中する現象を見ると、消費者はより受け身の立場になっているのではないかという気がする。

さて、では何をどう売ればよいのか。みなさん、どうでしょう。

Saturday, April 29, 2006

格差社会なんていうけどさ....

昔っから、格差ってあったんじゃないか?
・同じ街の中に金持ちも貧乏もいる
・同じ年代でも高い給料もらってる奴がいる
・同じ仕事してるのに、都会と地方では給料が違う
・若年層より高年齢の方が給料が高い傾向にある
・一般社員より管理職の方が給料が高い
・あっちの会社の方が平均給与が高い
・あいつの方が頭が良い
・あいつの家は広い
・あいつは僕が持っていないおもちゃを買ってもらっている
・あいつの方が背が高い
・あいつの方が僕よりモテる


格差社会の是正っていうけど、格差って一体何?是正するとどうなるの?おしえて、偉い人。