Monday, May 29, 2006

続編ビジネス

このブログの過去エントリー(April 15, 2004、January 8, 2004 、September 8, 2000)でリバイバルについて書いたことがある。 過去のコンテンツの使い回しや過去の流行の復活は、創造性の欠如につながるというのが僕の意見だ。

しかしながら、ほとんどマンネリと思えるような続編ビジネスもそれなりに流行っている。映画にその例が顕著だ。ヒットした映画はたいてい「...2」といった続編が作られる。
今年から来年にかけては、ランボー、ロッキー、ダイハードのような10年以上前にシリーズが完結したと思われていた作品の続編がこぞって公開される。

続編ビジネスは、その間隔が短いと全作の勢いを継続させられる。作品同士を予告版のように扱えるメリットがある。古いところではバック・トゥ・ザ・フューチャー、最近ではマトリックスがの例だろう。
間隔が長い場合は、往年のファンには郷愁を、新たな映画ファンには新鮮さを与えることができ、複数の顧客層をターゲット化できる。

この2つのやり方、どちらが商売的に美味しいのか、どういう内容の時はどちらの方法が良いのか、何かしらのパターンがあるかもしれない。
それぞれの映画の収益性を調べてみると何かがわかりそうだ。

映画の他に、このやり方を当てはめられる業界はどこだろう。

Wednesday, May 17, 2006

SOYJOYのCM

みのもんたが大豆の良さをアピールし、「ビズブレイク」といったコピーで商品を位置づけようとするあのCM。
商品はそれなりに良さそうですが.....

「みのもんたって時点でダメ。」

そう思ってる人、多いですよね?
消費者の目で見るとそうかもしれない。では制作側はどういう視点で、どういう意図で 、誰をターゲットとしてこのCMを作ったのか。

この商品、僕の年代、30代の男性にも女性にも人気がある。店頭で買い求めている姿を見かけるし、実際に食べている姿を見かけることもしばしばだ。しかし、彼等はみのもんただから買ったというより、健康によさそう、腹持ちが良い、片手で食べやすいといった製品の機能や特徴が購入の動機と思われる。
むむぅ、なぜ「みの」なのか....

「みの」といえば、40代50代の主婦層に圧倒的に支持されていると言われている。この層の人たちはSOYJOYのような簡易機能系食品を食べるだろうか。おそらくは台所に立ち自分で食事を作るだろうし、出来合いの食品には割高感を感じて敬遠するのではなかろうか。SOYJOYのターゲット顧客となり得ない気がする。まぁ、中には「みのさんの...」と興味本位で商品を手に取る人もいるかもしれない。

ん?ひょっとするとこんな仮説が成り立つのか?

CMキャラクターが誰であれ、この商品を購入する顧客層が存在する。CMキャラクターの起用で需要を喚起できそうな顧客層も存在する。そうであれば、潜在顧客を刺激するキャラクターの起用が得策だと。

製品自体に特徴があり明確な差別化が図られていて、一度でもトライアル(試食)させれば高い確率で継続購買につながるという自信がある場合には、一見嫌悪感を感じる売り方も成功することがあるということか。

黙っていても買ってくれる顧客層、背中を押せば買ってくれる顧客層、一度試せばクセになる商品特性、この3つが存在する場面に応用が効く訴求方法かもしれない。

Sunday, May 07, 2006

エビちゃん

エビちゃんのファンの方には申し訳ないが、別に可愛くないと思います。なんで人気あるんだろ。わかりません。
ここで終わってしまうと、現象を述べているだけなので、もう少し踏み込んでみよう。僕がエビちゃんに嫌悪感を感じるのはなぜだろう。

見た目やしゃべり方、演技での好き嫌いは百人いれば百通り、千差万別なので主観に頼る部分はおいておこう。ではなにか。「エビちゃんファッションっていいよね」、「エビちゃんが着てた服って...」こういう表現が気になる。
つまり、僕はエビちゃん本人が好きか嫌いかなのではなく、メディアが「こういう人が可愛いんです、今は」と作り出した偶像を無批判に受け入れて、エビちゃんのマネをすることがおしゃれでファッションだと認識している消費者に対して虫酸が走る。

情報が伝達するスピードが上がり、トレンドを消費者が入手しやすくなったとか、消費者が賢くなってきたと言われるが、果たして本当だろうか。
メディアへの露出が高い物に消費や関心が集中する現象を見ると、消費者はより受け身の立場になっているのではないかという気がする。

さて、では何をどう売ればよいのか。みなさん、どうでしょう。

Saturday, April 29, 2006

格差社会なんていうけどさ....

昔っから、格差ってあったんじゃないか?
・同じ街の中に金持ちも貧乏もいる
・同じ年代でも高い給料もらってる奴がいる
・同じ仕事してるのに、都会と地方では給料が違う
・若年層より高年齢の方が給料が高い傾向にある
・一般社員より管理職の方が給料が高い
・あっちの会社の方が平均給与が高い
・あいつの方が頭が良い
・あいつの家は広い
・あいつは僕が持っていないおもちゃを買ってもらっている
・あいつの方が背が高い
・あいつの方が僕よりモテる


格差社会の是正っていうけど、格差って一体何?是正するとどうなるの?おしえて、偉い人。

Monday, April 03, 2006

リーダーシップ

読もう読もうと思って本棚に埋もれていた本を読み始めた。今流行の「リーダーシップ」についての本だ。
言われればみんな頷くことを明快に表現している。例えば、

日本では、現場の仕事は忘れてしまったよと言うと、何か自分が偉くなった気分になる管理職が多い

昔はこうだった、オレはこんな風にしてやってきたなどと、いま現場で働いている人からすると、全然肌にあわない奇妙な精神論をぶって、一人で満足したりする。

部下や社員の才能を伸ばせないという損害は目には見えないが、組織にとってはこれが最も大きな損害だ

なるほど。実に納得感と示唆あふれるメッセージが織り込まれている。ジャック・ウェルチ、カーネギー、一條和夫...著名なリーダーシップの本は何冊か読んだが、これほど腹落ちする本はなかった。

この本、「いまリーダーがなすべきこと」という本であり、元NHKの鈴木健二氏の著作だ。1984年刊。20年前の本だ。
まだ中学生だった僕に、「いつか必要になったら読め」と渡された本だ。

赤線を引きながらむさぼるように読んでいる。

Friday, March 17, 2006

「見える化」?

具現化だの見える化だの、一般にはなじみにくい言葉をよく見かける。「言うだけでなくアイデアは実現させろ」の意味でホンダが言い出した具現化、「問題を隠すな」とトヨタが言い出した見える化。


まぁ、どちらもごもっともな意味なのだが、見える化にはちょいと疑問。見える化の意味は理解できるけど、使われ方が疑問だ。


人間がやっていること、これからやることの道筋と課題を属人化せずに目に見える形にすることが「見える化」だ。つまり、今日やることリスト、課題一覧、日報、締め切り一覧、これらのものがあてはまる。
なのに、どうも「今までに見落としていた、気づかなかった、未知の、斬新な考えが思いつく」ことを期待する意味で見える化が使われているように思えてしょうがない。なんとも受身なのだ。


社会人になりたてのころ、「今やっていること、これからやることを順番に紙に書き出すクセをつけろ。」と叩き込まれた。曰く、「それができない人間に限って、段取りや見通しが甘く、行き当たりばったりな時間の使い方になる」、「今やってます、もうちょっとで終わりますじゃなく、今ここをやっています、あとこれだけの作業が残っていますと客観的に伝えられるようになれ」と。


僕は見える化との表現を見かけるたびに、「自分がやっていることや経験を、他人に見せる努力、伝える努力」と読み替えるようにしている。

Saturday, March 04, 2006

譲れないことがある

大げさなタイトルだけど、書くことは実に簡単な話。

携帯電話の販売コーナーを通りかかった。僕は今auのA5404Sという機種を使っている。携帯に詳しい人なら、「2年以上前の機種」、「auなのにwinじゃない」、「発売後1年も経たずに廃盤となった不人気機種」との感想を持つだろう。

たしかに見た目はゴツイし、デザインは気に入っているが、一般的には賛否別れるに違いない。
僕がこの機種に変更したのは2004年の秋だったと思う。その当時はすでにwinもあったしezサービスも拡大していた。なのになぜこの機種にしたのか.....

モックを手にとって、二つ折りをカパッと開けてみた。心地よい。なんでだろう。もう一度カパッ。ん?カパ...?ん、ん?
この機種は開けたときにほとんど音がしない。手応えで「クッ」と感じる程度だ。最新機種を含めて二つ折りの機種はカチャッ、カチッ、チャッ、ガチッと音がする。この音が妙に耳障りで馴染めない。モックだからかと思い、実機を見せてもらったが実機でも音がしない。
「これだ」と、迷わず決めた。

実は、auの新モデルneonが気になっていたので、機種変更も考えていた。直線的なデザイン、陶器のような質感が気に入っていた。店頭に並び始めたので早速手に取った。開けてみた。
「カチャッ」
そっとneonを棚に戻して立ち去った。